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東京地方裁判所 平成8年(ワ)11055号 判決 1998年3月25日

原告

永瀬秀一

外二名

右三名訴訟代理人弁護士

東谷隆夫

鹿士眞由美

滝野俊一

被告

高橋武

右訴訟代理人弁護士

五十嵐利之久

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告永瀬秀一に対し、金九二万一八〇〇円及びこれに対する平成七年一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告永瀬智江子に対し、金六五万五五〇〇円及びこれに対する平成七年一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告永瀬花子に対し、金一五万五二〇〇円及びこれに対する平成七年一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、被告の負担とする。

5  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  権利移転事実

原告らは、平成六年一二月二四日ころ、原告らの共有していた別紙物件目録一ないし三の土地(以下「本件土地」という。)につき、次の内容の協議を行った。

(一) 別紙物件目録一の土地について、原告永瀬秀一(以下「原告秀一」という。)が、原告永瀬智江子(以下「原告智江子」という。)に対し持分一万分の七八九、原告永瀬花子(以下「原告花子」という。)に対し持分一万分の一七五を、それぞれ移転する。

(二) 別紙物件目録二の土地について、原告智江子及び原告花子が、原告秀一に対し、それぞれ持分全部を移転する。

(三) 別紙物件目録三の土地について、原告秀一が、原告智江子に対し持分一万分の七八九、原告花子に対し持分一万分の一七五を、それぞれ移転する。

2  委任契約

原告らは、被告に対し、平成六年一二月二五日、右共有物分割協議に基づく本件土地の所有権移転登記手続を委任した(以下この契約を「本件委任契約」という。)。

3  被告による登記手続

被告は、平成七年一月二〇日、本件委任契約に基づき、東京法務局文京出張所において、本件土地につき、登記原因を「交換」とする所有権移転登記手続をした(以下この手続を「本件登記手続」という。)。

4  被告の責任

(一) 債務不履行責任又は不法行為責任(調査義務違反)

(1) 被告の登記代理業務は、委任者の意思にその活動の根拠を有するものであるところ、登記手続においては登記原因によって登録免許税の金額が異なり、そして、委任者が不必要な登録免許税を支払うことを望んでいないことは当然であるから、被告は、登記原因について十分調査をし、委任者に対して不必要な登録免許税を支払わせないようにすべき注意義務を委任者に対して負っている。

請求原因1の事実によれば、被告は、本件登記手続を行うに際して、その登記原因を「共有物分割」とすべきであったにもかかわらず、被告は、右調査義務を怠った過失により、登録免許税がより高額である「交換」を登記原因とする手続を完了させてしまった。

(2) 被告は、司法書士であるから、右過失は、本件委任契約の有無にかかわらず、一般的注意義務違反としても認め得るものである。

(二) 債務不履行責任(説明義務違反)

被告の登記代理業務は、委任者の意思にその活動の根拠を有するものであるところ、登記手続においては登記原因によって登録免許税の金額が異なり、そして、委任者が不必要な登録免許税を支払うことを望んでいないことは当然であるから、被告は、委任者が登記原因を選択するに際し十分な説明をし、委任者に対して不必要な登録免許税を支払わせないようにすべき注意義務を委任者に対して負っている。

請求原因1の事実によれば、被告は、本件登記手続を行うに際して、その登記原因を「共有物分割」とすべきことを委任者である原告らに説明すべきであったにもかかわらず、被告は、右説明義務を怠った過失により、原告らに「交換」を登記原因とする手続を行うことを了解させ、その旨の登記手続を完了させてしまった。

5  損害

(一) 原告らは、被告に対し、平成七年一月二四日、登録免許税として、原告秀一は金九五万六七〇〇円、原告智江子は金六八万八一〇〇円、原告花子は金一五万三七〇〇円をそれぞれ支払った。

(二) 本件登記手続において、登記原因を「共有物分割」とした場合の登録免許税は、原告秀一につき金一一万四九〇〇円、原告智江子につき金八万二六〇〇円、原告花子につき金一万八三〇〇円である。

(三) 原告らは、本件訴訟の提起遂行を原告三名代理人弁護士東谷隆夫、同鹿士真由美、同滝野俊一に委任し、弁護士費用として、原告秀一につき金八万円、原告智江子につき金五万円、原告花子につき金二万円を支払うことを約した。

6  よって、被告に対し、右債務不履行又は不法行為に基づき、原告秀一は金九二万一八〇〇円、原告智江子は、金六五万五五〇〇円、原告花子は金一五万五二〇〇円、及びこれらに対する債務不履行日又は不法行為日の後である平成七年一月二五日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める(被告は、原告らの間でどのような協議が行われたかは知らない旨の認否をしているが、別紙物件目録記載の各不動産に関する権利移転の経緯そのものを争ってはいないと解釈できる。)。

2  同2は否認する。

被告は、請求原因2のような登記申請手続を原告らから受任したことはあるが、それは平成七年一月二〇日である。

3  同3は認める。

4  同4は争う。

5  同5は否認する。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人目録等の記載を引用する。

理由

第一  前提となる事実について

一  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  同2の事実について検討するに、原告らの主張とそれに対する被告の認否からは、本件委任契約の日付のみが争いとなっているように見えるが、原告らは、具体的な委任事務の内容が最終的に決しておらず、被告に登記手続を依頼することが決した日付をもって、委任契約の成立日としているのに対し、被告は、委任事務の具体的な内容が最終的に決まったのが平成七年一月二〇日であることから右のような認否をしているため、前記のようになったと考えられるところ、被告も、被告と原告らとの間で平成六年一一月ころから登記手続に関する交渉があったこと自体を争うものではなく、受任手続の具体的内容はともかく、原告らが被告に登記手続を委任することが決定されたのが同年一二月二五日であることまで、特に争う趣旨とは解されず、また、これに反する事情をうかがわせる証拠も見当たらないので、同2の事実は、これを認めることができる。

三  同3の事実は、当事者間に争いがない。

第二  争点に対する判断

一  本件における中心争点は、被告が原告らに対して負う実体法上の義務の存否及びその内容並びに被告の義務違反行為の有無(請求原因4)にあるので、以下、検討する。

二  成立に争いのない甲第一号証の一ないし三、第三、第四号証、乙第一号証(ただし、1、2(1)、(2)、※の各記載部分のみ。)、第三ないし第一三号証、第二〇ないし第二四号証、被告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第一号証(ただし、1、2(1)、(2)、※の各記載部分を除く。)、第一四号証、第一五号証の一ないし一五、第一六号証の一ないし一三、第一七号証の一ないし一二、第一八号証の一ないし九、第一九号証の一ないし七、第二五号証、証人飯盛俊昌の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第二号証並びに原告永瀬智江子本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められる。

1  別紙物件目録一ないし三の土地は、もと一筆の土地(以下「分筆前の土地」という。)であり、これを、訴外永瀬秀雄(以下「秀雄」という。)が一〇分の九、秀雄の母である原告永瀬花子(以下「原告花子」という。)が一〇分の一の各持分で共有していた。

秀雄は、平成五年二月一六日に死亡し、分筆前の土地に対する同人の持分一〇分の九は、同人の妻である原告永瀬智江子(以下「原告智江子」という。)及び子である原告永瀬秀一(以下「原告秀一」という。)が各二〇分の九ずつ取得することになった。

原告らは、秀雄の相続に伴う相続税の納付に関し、飯盛俊昌税理士に相談した結果、分筆前の土地の一部を分筆した上でこれを物納する方法によって相続税を支払うこととし、原告らの共有持分を請求原因1のとおりにすることにつき合意した。さらに、原告らは、分筆のための測量を訴外関谷静生土地家屋調査士に依頼したところ、同人は、登記手続を委任する司法書士として、被告を原告ら(ただし、実際に交渉を担当していたのは、原告智江子一人であり、同原告は、原告秀一及び原告花子の代理人としての立場も兼ねていた。)に紹介した。

2  原告智江子は、平成六年一一月ころ、関谷調査士とともに、被告の事務所を訪問して被告に面会し、被告に対し、相続税の物納のために登記手続を依頼したい旨説明するとともに、分筆対象となっている土地の図面(関谷調査士作成。乙第二号証)及び依頼したい登記手続の概要を記載したメモ(飯島税理士作成。乙第一号証)を手渡したが、右メモには、相続登記手続を行うこと、分筆及び共有持分の変更の登記を行うこと、分筆の結果、物納すべき部分(乙第二号証にBと表示されている部分)は原告秀一の単独所有とし、残地部分(乙第二号証に、A、C、Dと表示されている部分)は原告花子が一万分の一一七五、原告智江子が、一万分の五二八九、原告秀一が一万分の三五三六ずつの共有となるように登記手続を行うことが記載されていた。

他方、被告は、原告智江子に対し、相続登記をするために必要な書類(戸籍謄本等)について説明したが、それ以上登記手続に関する具体的な話をすることはなかった。

3  原告智江子は、その後、再度被告に面会し、飯盛税理士が作成したメモ(甲第二号証)を被告に示し、このとおり登記手続をしてほしい旨申し述べたが、右メモには、「共有分割の一部分割(案)」との表題が記載され、原告らの取得すべき持分と相続税額との対応関係が記載されていた。

被告は、原告智江子の申し出に対し、このメモに記載されたような登記原因はない旨述べた上で、登記原因にはいろいろあること、それによって登録免許税も違ってくることを説明したが、原告智江子はその場では被告の説明を理解できず、被告に対し、登記原因について飯盛税理士と直接打ち合わせて欲しい旨依頼した(なお、甲第二号証を見たことがない旨の被告本人の供述及び「共有分割の一部分割」を登記原因とする話がなかった旨の被告本人の供述はいずれも記憶違いと思われる。)。

原告智江子は、その直後、飯盛税理士に対し、被告との打ち合わせの結果を伝えたが、飯盛税理士は、登記原因に関する原告智江子の話が理解できず、同原告に対し、基本的には登記の専門家である被告の助言に従う外はないであろうと述べた。

4  被告は、同年一二月一五日、飯盛税理士と電話で話し、その際、乙第一号証のメモに基づいて、登記手続の依頼の趣旨が、法定相続分による相続登記を行うこと、そして、物納の準備のために原告らの間で持分の等価交換を行うための持分の変更登記を行うことを確認した。

次いで、被告及び飯盛税理士は、持分変更登記の登記原因をどうするかについて話し合ったが、飯盛税理士は、法令により認められている登記原因について理解していなかったため、被告に対し、具体的な登記原因を指示することをせず、単に、原告ら三名間で持分の等価交換を行うのであるから、それにあった登記原因にしてほしい旨申し述べたところ、被告は、それならば登記原因は「交換」とすべきである旨答え、他方、飯盛税理士も、被告の意見に従う旨述べ、この時点で、登記原因を「交換」とすることが内定した。

飯盛税理士は、その後、原告智江子に対し、被告との打ち合わせの結果、登記原因を「交換」として登記手続を行うことになった旨伝え、同原告は、被告と電話で話したが、原告らの側で、登記原因について今一度検討することになった。

5  原告智江子は、平成七年一月ころ、被告に対し、電話にて、登記原因を「交換」として手続をしてほしい旨改めて依頼し、被告もこれを了承した結果、同月二〇日、請求原因3のとおり登記手続が行われた。

三1  原告らは、被告が、「共有物分割」なる登記原因はないと断言した旨主張しているので、検討するに、乙第二ないし第一四号証、第一五号証の一ないし一五、第一六号証の一ないし一三、第一七号証の一ないし一二、第一八号証の一ないし九、第一九号証の一ないし七、第二〇ないし第二五号証によれば、被告は二〇年以上にわたり、登記官として不動産登記実務に携わってきた経験を有すること、被告は平成五、六年ころ、登記原因を「交換」とする登記手続及び登記原因を「共有物分割」とする登記手続のいずれをも受任してこれらを行っていたことが認められることからすれば、本件登記手続がなされた平成七年当時において、被告が「共有物分割」なる登記原因を知らなかったものとは認められない。

したがって、被告が故意に原告らに多額の登録免許税を支払わせようと企てる動機となった事情等があれば格別、本件の場合はそのような事情が見当たらないのであるから、被告が、原告智江子及び飯盛税理士に対し、「共有物分割」なる登記原因がないと断言した事実は、認めることができない。

2  ところで、甲第三、第四号証、原告智江子本人の供述及び証人飯盛俊昌の証言は、被告が右のような断言をしたことをうかがわせるものとなっている。

しかしながら、原告智江子本人の供述及び飯盛証人の証言によれば、原告智江子及び飯盛税理士は登記手続に関してほとんど知識を有していないことが認められ、したがって、右両名が被告に対し積極的に登記原因を「共有物分割」にしてほしい旨依頼したとは考えられないため、右両名が被告に対して登記手続をした際に行った説明としては、せいぜい、甲第二号証及び乙第一号証の各メモに記載されたとおりに登記手続をしてほしい旨述べた程度であると考えられる。その結果、甲第三、第四号証、原告智江子本人の供述及び証人飯盛俊昌の証言は、被告が、右各メモに記載された文言それ自体が登記原因としては用いることができない旨返答したものと考えられることはできるものの(ちなみに、甲第二号証には「共有分割の一部分割」との文言が記載され、乙第一号証には「共有持分の変更」との文言が記載されているところ、いずれも登記原因となる文言ではない。)、更に進んで、被告が「共有物分割」なる登記原因がない旨断言したことまで裏付けるものではない。

四  以上の認定事実を前提に、被告の責任について検討する。

1 原告らは、被告には登記原因についての調査義務違反がある旨主張する。

そこで検討するに、司法書士は登記手続の代理を業とするものであり(司法書士法二条一項一号参照)、それに伴い、委任者から依頼される登記手続に関する事実関係を調査する義務を負うものと解される(さもないと、適切な登記手続の委任を受けることができない。)。

本件の場合、前記認定のとおり、被告は、平成六年一一月ころにおける原告智江子との二度にわたる打ち合わせにおいて、原告らが被告に委任しようとしているのが、相続税の物納を目的とした相続登記、分筆登記及び共有持分の変更登記である旨把握しており、また、同年一二月一五日における飯盛税理士との打ち合わせにおいて、原告智江子から手渡されていたメモ(乙第一号証)に基づき、等価交換による持分移転の登記手続を依頼されている旨確認しているのであって、司法書士として必要な調査義務は十分に尽くされていると言うべきである。

請求原因1の物権変動について、これを共有物分割として把握することも不可能ではないが、他方、これを交換として把握することも、不合理とは言えないのであって、まして、司法書士である被告に対し、登録免許税の具体的金額について考慮した上で、それが最も少額になるような登記原因についてまで調査すべき義務があるとは言い難い。よって、被告に調査義務違反は認められず、請求原因4(一)は、理由がない。

2 また、原告は、被告には登記原因についての説明義務違反がある旨主張する。

そこで検討するに、一般論として、司法書士が登記手続の委託を受ける際に、その委託内容である登記の種類、登記原因等を最終的に決定するのは、委託者であって、受任者である司法書士ではない。すなわち、登記手続の場合、どのような登記の種類、登記原因を選択するかは、委託者の事情によって異なるものであり、受任者である司法書士が単に登記手続上の利害得失から決定しうる事柄ではなく、まして、登記原因の選択は、登記手続の際の登録免許税の多寡だけで決めうるものではない。したがって、原告らの事情を熟知しているわけではない司法書士は、原告らから具体的な質問や依頼を受けていないにもかかわらず、司法書士としてなすべき一般的な説明を超えて、登記原因を説明し、選択を勧めなければならない義務を負うものではない。更に言えば、特定の登記原因を勧めることは、司法書士の権限外の行為ともなりかねない。

原告らの主張が、司法書士に、右の一般的な登記原因の説明義務を超えて、具体的な登記原因の説明ないし選択義務まで負わせようとする趣旨であれば、失当と言わざるを得ない。

また、原告らの主張が、登記原因を委任者に選択させる前提としての説明義務を負わせる限度であるとの趣旨であれば、被告としては、原告ら又は飯盛税理士から説明を受けた事実に基づいてそれに見合った登記原因を説明すれば十分であるところ、前記認定のとおり、被告は、飯盛税理士から、原告ら三名間で持分の等価交換を行うのであるから、それにあった登記原因にしてほしい旨説明を受けたのに対し、それならば登記原因は「交換」とすべきである旨答えているのであって、右説明から、被告が「共有物分割」等の登記原因についてまで説明をすべき義務を負うとまでは解し得ない。

したがって、原告ら主張の説明義務違反は認められず、請求原因4(二)もまた理由がない。

3  なお付言するに、原告らが不必要な登録免許税を支払うに至ったのは、結局のところ、登記手続について十分な知識を有しない飯盛税理士と、登録免許税の具体的金額について知識を有しない被告とが、登記原因と登録免許税との相関関係について詳細な打ち合わせをしなかったことによるものと言うべきであるが、その結果を、被告一人の法的責任に集約することは、やはり無理があると言わざるを得ない。

五  以上によれば、その余の点について検討するまでもなく、原告らの請求原因は理由がない。

第三  結論

以上によれば、原告らの請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官柴﨑哲夫)

別紙物件目録<省略>

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